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どうも、ボクです。



今日はいつも以上に長くなりそうなので、久しぶりに書くのに気合が入ります。



昨日は野球部の(同い年の)先輩が飲みに誘ってくれた。自分は野球部に在籍していないのに。みなさんから「おめでとう!」と推薦試験のことで祝ってくれたんだけど、まだ本試験が残っているので、こころから喜べなかったのが、自分の人間としての小ささを感じた瞬間でした。就職される先輩もいるので、これで会うのが最後になるかもしれいと思うと、感慨深い瞬間もあったけど、酒が入ると一気に吹っ飛んでしまった。大学院への準備について色々聞きたかったのに、そんなことは一つも聞けなかった。就職の話から女の話へと話題が欠くことは一切ない楽しい時間でした。



その宴会に利用したのが自分が去年まで働いていた店で、久しぶりに行ったわけだけども、自分が知らない人ばっかり働いていたし、自分が働いていたときの人は妙にヨソヨソしかった。貯蓄も底をついてきたので、あわよくば復帰したいという考えが白紙に戻ってしまった。ちゃんと、話かけてくれたのは店長だけで、自分が慕っていた先輩は目も合わせてくれなかった。正直、ガッカリ。さすが、店長!人間の大きさが他のバイトたちとは違っていた。慕っていた先輩との交流がなくなるのは、残念だけど、これが現実社会なのだと思うことにしました。



そんな、色々あった夜が明けた今日。2冊の本を読み終えた。



カンブリア宮殿




1冊目は『カンブリア宮殿 村上龍×経済人』。月曜22時からテレ東系で放送中の人気番組の放送内容をまとめた本。トヨタの会長から始まり、京セラの名誉会長まで、総勢21人の経済人、企業のトップの内面を少しでも垣間見ることができたような気がする。この番組を毎週見るようになったのが、去年の暮れぐらいからだったので、見逃していた期間を取り戻せるのではないかと思い、ほぼ衝動買いのような感じで購入した1冊なんだけども、日本社会を各分野でリードする人たちの言う言葉は、やはり洗練されているというか、重みが感じられた。成功の裏にあった苦労や、挫折も一緒に書かれているので、よりリアルに感じられたからかもしれない。



この本に登場したほぼ全ての人に共通していたことが、私利私欲のために頑張ってきたから今の地位を手に入れたわけではないこと。あるものを作りたい!という夢であったり、社会に貢献したい!という自分よりも、他の人のため、日本のための利益を追求するという信念があり、それを形やサービスとして実現するために、圧倒的な努力を重ねたからこそ、築いた地位だと感じた。その結果の付属というか、付録のようなポジションで、お金があるのだと思った。だから、お金や名誉を得ることを第一に目指して努力を積み重ねるのではなく、何かを成し遂げたいという明確な志を持って、努力することが、揺ぎ無い地位を築ける成功者となるのだと思った。そんなことを考えさせてくれた1冊でした。



論より詭弁




2冊目は『論より詭弁 反論的思考のすすめ』。いつ買ったのか、覚えてないくらい前に買ったものだけども、今読んだことがとてもよかった思う。1週間ぐらい前から、空いた時間にちょっとずつ読んでいたけれども、短時間で一気に読んだ方が、よりこの内容を理解できたのではないかと、少し後悔している。それに、他の本と平行して読んでいたから、内容が抜けている部分もあるから、自分にはまだ何冊かを平行して読むレベルには達していないことがわかった。んで、この本の内容ですが、先日書いた『だから私はスベらない』についての感想と対して変わらないんだけども、言葉の持つ力について、考えさせれた1冊だった。



人が思っていることや伝えたいことを言語化するときに、自分の都合のいい言葉を選択する。そして、それら言語化された言葉が自分が賛同できる、理解できる内容に関しては、何も思わないが、自分が賛同できない、納得のいかない内容だと、すぐさまにそれは詭弁だという傾向がある。まぁ、詭弁と言われるには、論理的に言語化できてないといけないんだろうけど、しっかりと論理的にまとまった文章でも、その内容と正反対の意見を持ち合わせている人にとっては、そんなのは単なる詭弁に過ぎないと片付けられてしまう傾向にあるようです。ただ、この本はその詭弁を批判するのではなく、むしろ肯定する立場の内容だったので、大多数的思考の自分にとっては、自分の厚く、偏った壁を壊すきっかけをくれる1冊となったので、とてもよかった。ただ、一番良かったのは、そんなことじゃなくて、昨日の疑問に答えてくれる1文があったこと。



『日常議論においては、誰が語ったかということは、
 何が語られたかということ以上に、説得に大きく影響する場合がある。』



昨日の親に受け流された話を解決するヒントを与えてくれる文章だった。うすうす気付いていたけど、文章化されていると、受け入れてしまわなければならないと思ってしまう。やはり、成果の出ていない人間が何を言っても、その内容を評価する前に、事前情報でその個人を評価されてしまうので、余程の人でない限り、その発言内容を正当に評価してくれないのであろう。だから、昨日の親の反応は当然の結果であり、親を納得させるというか、圧倒させるには、目に見える結果を出さなければならないとわかりました。



実際のところ、自分も話す人の事前情報を排除して、その話す内容を正当に評価できやしない。昨日の先輩と話した会話のなかでも、先輩の話を素直に聞くことができなかったことが多々あった。確かに就職に関して正当な意見を言っている気がしたけど、企業出身の大学の先生のアドバイスに勝てないと思ってしまう。意見とアドバイスって言っている時点で、差がでてしまっているんだけども。就職して社会に出てもいない人の意見よりも、実社会で20年以上働いた人の意見のほうが自分が受ける説得力は違う。でも、先輩に先生から受けた意見を伝えたところで、自分はその先輩よりも社会経験の少ない単なる学生なもんだから、自分が先生から受けた衝撃の1割に満たないぐらいしか、先輩には届かないのだろう。実際のところ、先輩の言っていることも、実社会で現在も働いている人から直接聞いた意見のようだったから、先輩も自分と同じようなモドカシイ感覚を味わっていることを願っています。



自分の思っていることが伝わらないのは、伝える能力だけでなく、それ以上に説得に値する実績が必要なのだと思った。そして、他の人から信頼を得るような日頃の行動も、その人の説得力につながるのだと。自分が目指している人間像は今の自分からは果てしなく遠く、不断の努力が必要なのだと、思い知りました。








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