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どうも、ボクです。



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友達が貸してくれた1冊。
いやぁ、一気に読めた1冊だった。



アップルが社名を変更したことなどの個々の事象に対して、
自ら情報を補完して、「大きな流れ」を目に見える形で理解することの
大切さを教えてくれた1冊。



また、この本が主張している、日本に少ないと言われる
ギークとスーツの中間層に滑り込めるようなキャリアパスを歩みたいと思った。
技術者としての経験を積み、MBA取得を目指す。



そんな上手くいくわけないけど、ただの平社員で終わるような
社会人になりたくないことは自分の中で明確にあり、
この本に限らず、いろんな本に登場する
ベンチャー出身の成功者たちに憧れる気持ちがわかった気がする。



でも、自分としては、日本のコンシュマー・エレクトロニクス企業の再躍進に期待したい。
もしくは、その躍進を助けられるようなスキルを身につけた社会人になりたいと思った。








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どうも、ボクです。



日課のネットサーフィンをやっていたら、「ブログを続けるコツ」的なページを見つけた。
最近更新が滞っている自分としては、バシッとはまった。
今となっては、何でそのリンク先を控えていなかったのかと後悔している。
なんせ、ページのタイトルすら覚えていない。
でも、内容は覚えているので、その書き込み。



まずは、ブログの焦点が1つに定まっていること。
いろんなことを書くというよりも、
何ついて書く、誰に対してメッセージを発信する的なことを
明確にしておくことが重要らしい。
自分のブログは、基本的に自分の生きている記録のつもりだったけど、
結構、いろんな方向へのブレが見え隠れしている。



もう一つ覚えていることが、ネガティブなことを書き込まない。
これは、自分には痛い指摘・・・。
根がネガティブの身としては、自己改革でもしないと治らなそう。



これからは、ネガティブ指向になり過ぎないように
自分の日々の記録を明日の自分に対して書き込みたいと思う。
ただ、他の人にも見られたら尚いいだろうということも忘れずやっていきたいと思う。



ってことで、今日の書き込み。



最近学校で会う、同級生は就職活動から帰ってきて一回りも大きくなって写っている。
就職活動で内定を勝ち取った自信か、都会の荒波の中で就職活動をやってきたという自信か、
春休みに引き篭もっていた自分には、眩し過ぎるオーラを放っている人もいる。



そんな中で、何をアピールして内定をとってきたのかわからないような人もいる。
その人の言動や行動から、普段からあまり物事を考えているように見えないから。
その人たちと話したこともない関係だから、
完全なる自分の偏見による印象だと言えばそれまでなんだけど、
あまり、ストイックにならなくても内定もらえるんだっていう甘い考えが出てくる。



社会にでるってことは、スキルも内面もきっちり鍛えられている人になっている
というイメージが自分の中にはあるんだけども、
周りの人たちの内定状況を見ると、そんなことしなくても
行動に移す勇気さえあればなんとかなるんじゃないかなって思った。








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どうも、ボクです。



高校までは当たり前だった、自分の座席ができた事に感動した。
といっても、最近あったうれしいことはそれぐらい。



最近は、とことん自分がつまらない人間だと思う日々。
趣味がないから、特にやりたいこともなく、
学校に行って、それなりにやることやって、
家に帰ってきてiknow!やって本読んで12時には寝る。



既に老後のような人生。
何か自分を触発してくれるような刺激が欲しい日々です。








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どうも、ボクです。



ウェブ進化論




本棚に眠っていた本を読んだシリーズです。
3年前に買った本。
確か、教授に読むこと勧められて
10ページぐらい読んでだけで
本棚に眠っていた。



けど、今読んでみて、あのとき読まなくてよかったのだと実感。
あの時の自分にとっては対して響かなかったと思ったから。



進化が目覚しいウェブ業界についての本なので
3年前の情報を今読むと言うのは、どうなんだろうという迷いと
3年前の情報に今さら感銘を受けている自分ってどうなんだろうという恥ずかしさで
複雑な心境ですが、この著者、梅田さんの本をもっと読みたいと思った。








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どうも、ボクです。



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いつ買ったのか、なぜこの本を買ったのかの覚えていないけど
本棚の中に眠っていた1冊。



世界に満ち溢れている逆説を実例や
多くの著名人(作家、思想化など)の言葉を用いて
紹介してくれていた。



そんな中で自分にHitした言葉の数々をここで引用します。







われわれ人間が偶然と考えるもののほとんどは、われわれには見えない必然的因果連関の帰結


(何をテーマに論文やレポートを書いていいかわからない学生に対して)
「テーマを見つけてから図書館に行くんじゃない。ただ頭のなかであれこれ考えていたってテーマなんか湧いてこない。図書館に行ってあてずっぽうに本を十冊ほど借りて読んでみろ。かならず面白いテーマが見つかる」。


悪しき予言が「感情・神経・身体」という複合体を悪しき方向へ連動させるのに対して、・・・、(良い)予言がおなじ複合体をよき方向へ連動させる・・・。


下等動物ほど記憶が正確で、しかも長持ちする。だが、かえってそういう記憶は融通がきかず、応用がきかないために役に立たない。一方、人間の脳は、他の動物とは比べものにならないくらい、その記憶はあいまいでいい加減なのだが、むしろそこに人間の臨機応変な適応能力の源がある。


ひとたび言語が出現するや、人類はそれを用いて概念を他者とやりとりしたり、頭脳のなかにストックしたり、他の概念と結合させたりする能力を飛躍的に発展させることができるようになる。そして新しいタイプの記憶、つまり経験を言語によって蓄積するところから出発して、ひとは過去の経験にもとづいて未来を予測したり、状況によって自らの行動を設計したり、異種の経験と経験を結合させることによって抽象的な因果法則を見出したり、いままで経験しなかった経験を想像したり、それらを他者と共有したり、子孫に伝えたりすることが可能になる。つまり、カメラ的記憶能力の喪失が、人類に理性と文化という大きな恩恵をあたえることになった・・・。


ハンディキャップが人類の飛躍的進化のおおもとだとして、そのハンディキャップのもとは突然変異、つまり偶然生じたDNAのコピーミスである。だとすればエラーや間違いこそ、人類進化の根源ということになろう。


「エラーは差異を生み、差異は多様性を生むことによって、生命の存続に寄与している」
突然変異という自然界のエラーから人類は知性をそなえた人類となり、文化をつくり出してきた・・・。


まことに幸運なことに偶然のエラーのおかげで、人類だけが身体と本能を失い、その代償として知性と言語を獲得した・・。知性と言語で文化を創造することによって、人類は他の動物のように自然環境に自己を適応させていくのではなく、どんな自然環境でも自分の都合のいいように加工し、むしろ自己に適応させていく力を手に入れたわけだ。その結果として人類は、どんな自然環境へも進出できるようになったわけである・・。


個々人にとって、人工環境はかつてないほど高度化し、適応しやすくなっているわけだが、その基盤となっているのは、言うまでもなく社会環境と情報環境の高度で複雑な発展である。
これはあきらかに、ひとびとがかつてとは比べものにならないほど高度で複雑な社会環境・情報環境に適応しなければならないことを意味している。そして、それはとりもなおさず不適応者が大量に発生すること、また社会環境・情報環境が高度化・複雑化すればするほど、その数が増加することを意味する。







(本文をそのまま、一部加工して引用しました。誤字脱字あるかもしれませんが・・・)



この本を読んで感じたことは、これらの言葉に集約されているんだけども、
さらに感じたのは、逆説だらけの世の中に生きていることに気付かなかった自分がいたということ。



現在の自分の現状だけでなく、世の中の現状は
過去の自分、さらに人間の選択の結果による必然だと思っていたけど
単なる必然ではなく、快適な日常を求めた逆説的な必然によるものだと思った。



知性を持っている人間として、
どんなことに関しても進歩や向上を試みる行為を決して止めてはいけないと思う。
でも、その進歩・向上とともに、それに伴う不具合とも向かい会わないといけない。
そして、その不具合は改善しても、なお、新たな不具合を生む。
これが無限に繰り返される世の中だけれども、
これらのサイクルから決して逃げ出さないことが
知性を持った生物としての責任だと思う。



そんなことを考えさせてくれた1冊でした。








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どうも、ボクです。



初心者マークがついに外れました。
免許をとって早一年。
大した技術の進歩もないまま初心者マークを卒業。



初心者マークが付いているうちにもっと外に出て行けばよかったと今さら思う。
どんくさい運転してもあのマーク一つで許容されている気がしてたので
もぅ、言い訳できない。



いい加減、チキン運転から卒業したいものです。








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どうも、ボクです。



ずっと家にいると、考えることがたくさんあり、
やりたいことや、やらなきゃいけないことが次々と思いつくけど
重い腰が簡単に上がらなかった。



思いついたときに、それらをメモして、
それらの中で優先順位をつけて
一つずつ消化していったこともあったけど
優先順位をつけるとこで、半分くらいモチベーションが下がり、
簡単に片付かないタスクが優先度高いと全然タスクを消化できずに
どんどん溜まって行ってしまい、結局挫折してしまった。



そんなことをふと思い出したので、
今回は、優先順位をつけずに簡単に片付くものからどんどん消化していった。



スムーズに消化できた。
しばらく、続けみたい習慣です。
記録する習慣を。











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どうも、ボクです。



入学式に来ている新入生やら、その父母たちに
昨年のグループワークの成果を宣伝しに学校にいった。



父母たちの関心は、自分たちがどんなことを作ったということよりも
大学生活がどうなのかみたいだった。



そんな中で訪れた一人の男性。
すごい熱心に聞いてくれて、すごい熱弁を振るってくれたんだけど
うちの大学の関係者だったみたい。



結構な時間をその人と話していたから、
その間にも何組かの新入生の親子が興味ありげに近づいていたのに
身内に説明していたことでその機会を失ってしまった。
空気・・・・。



新入生を見ていると、自分が3年前に同じ姿でその場に立っていたことが嘘みたいに思える。
気がつけば、自分は4年生。一番上の学年になってしまった。
高校だったら、すでに卒業している年数が経過した。



大学の3年間は、高校の3年間に比べて、密度の薄いものとなってしまったと思う。
もちろん、いい経験も積んでいるけども、何もしていない時期が多々あり、
まったく生産的な時間を送ることができなかった。
残り3年間の学生生活で、高校3年間を上回るほどの濃密な時間にしたいと思った春の1日だった。








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どうも、ボクです。



春の特番シーズンなのに、全く面白いTV番組がない。
テレビっ子としては、残念な気分に追い込まれている。



相変わらず、ヒマを持て余し、止めていたはずのタバコにも手をつけてしまった。
ホントの廃人になる前に、学校が始まって欲しい限りです。








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どうも、ボクです。



新年度が始まった。
幼い頃から、1月1日の新年と、4月1日の新年度があることに疑問を覚えている。
何で一元化しないのかと。



そんなことはさておき、新年度が始まったのだ。
でも、昨日とは一切変わった生活を送っていないというのが正直なところ。
昨日の夜に誓ったことは、風が強い気候と一緒に吹き飛んでしまったようだ。



時間割をとりに学校に行ったついでに、昨年度のグループワークを共にした友人達と会った。
既に今年度の活動を開始している彼らを見るとやる気が満ちてくる反面、
自分の現状を哀れに思ってしまう。



やることがないわけじゃない。
でも、それらに期限がないから、緩いタスクとなってしまっている。
期限をつければいい、と簡単に片付く問題だけど、
期限をつけるのは自分であり、自分で決めた期限は結局のところ、
ちょっとぐらい遅れても、元々期限のないものだから大した問題にならない。
まったくもって、自己管理ができない体質らしい。
しかし、体質といって現実逃避するのではなく、
それを如何に改善していくかが、学生生活、残り3年間の課題だと思う。
そんなことがわかった、春休みだった気がする。



それだけでなく、将来に向けて少し答えが出た春休みだった気がする。
簡単に言うと、業種は問わず、人を育てる仕事をしたいということ。
この世に生を受けた意味があるとするならば、
先人達が生み出したものを後世の人たちに伝えることだと思ったから。
誰もがいろんなカタチで気付かぬうちにしていることだけども、
それを意識的に行って、生きていきたいと思った。
これについては、追々、詳しくアウトプットしていきたいと思ってます。



4月1日だけど、コレらはホントに思ったこと。
4月1日は1年で一番の心理戦が行われる日だと思う。








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